静謐

夜は孤独を教えてくれた

呼吸すらも憚られる静寂に

悴んだ手で、悴んだ心で

ただ星を眺めている、風を聴いている

その響きは不器用で、優しい冷たさだったから

僕は少し甘えた

あどけない子供のように

 

季節は駆け足で去っていって

一輪の花はあっけなく枯れた

その寂しさ、その切なさ

朽ちた花を見てあなたは

「綺麗だね」と言った

美しい詩のような一言だった

ああ、僕はやっと理解できたよ

あなたの抱える静謐を

純粋なる白

吹き荒れる風よ!お前の感傷を聞かせておくれ

僕はお前の激しさに臆さない、お前の恐怖には屈さない

僕はお前の涙を拭き取るためのハンカチになろう、お前の悲しみを癒すための褥になろう

荒野の村に住む少女の慈しみ

広大な空が抱えているその小さな寂漠

僕はお前の、その透明な揺らぎが滲ませた全てのものを描きたい、僕の裡から溢れ出る、純粋なる叙情をもって

春の陽射しの中、可憐な蝶が振りまいた、光る鱗粉のような輝きで

 

大いなる暗黒よ!星々はあなたの抱擁を待ち望んでいる

僕の悟性には、あなたのすべてはあまりに遠大すぎる

その身に刻まれた歴史を謳う時、あなたの声はまるで桜吹雪のように儚くつらぬいて、その時初めて知るのだろう

あなたの内海の中、全ての美しい旋律が刹那に完全に調和して、その時初めて知るのだろう

全ての命が始まるずっと前から存在した、たった今生まれたばかりの、

純粋なる白

木造の古くてボロい家だったから、冬はひどく冷えこんだ。

僕は布団の中で丸くなって凍えていた。

孤独が堆積した部屋は、少し息苦しかった。

 

加速する日々の中で自分を亡くすことがあった。

季節は次々と巡り、滑り始めた時間は止まることはなく、

ついには周回遅れになって、一人立ち尽くすばかりだった。

 

存在の定義すらも定かではなかった、

何もない部屋と何もない僕がそこにはあった。

 

音楽を聴くことが好きだった、

本を読むことが好きだった、

誰かの話を聴くことが好きだった、

人間はなんて素晴らしいのだと思った。

世界はなんて美しいのだと感動した。

 

雨が降るだけで、涙が流れることがあった。

僕にはそれで充分だった。

本当に、ただそれだけで。

透明な光4

「君」はよく泣いた、そして笑った。

 

『全ての感情は、根源を共にする。喜びは悲しみを内包する、悲しみは喜びを持っている。絶望するからこそ、希望を感じることができるように。』

 

世界は美しいと言って、健気に笑うことができたら。僕は失うことを恐れた。眼前、広がる荒野に呆然とするばかりで。

 

日々は流転、横転、転げ落ちた未来。排水溝の上で干からびたそれを、誰か拾ってくれないか。抱きしめてくれないか。

 

出会いと別れ、重みは等しく、ただ引き裂かれる。幾星霜、何度繰り返せど、重さは変わらず、飽きもせず泣き笑う。その堆積を人生と呼んで、せめてもの慰めを、救いを。

 

そして僕は僕の孤独を代償に、「君」は「君」の孤独を代償として。

 

流れる時に祈りを

過ぎゆく昨日に餞を

枯れゆく季節に光と陰を

出会いと別れに涙と奇跡を

 

 

さよなら、僕らは笑いながら泣いた。

透明な光3

雪が降った。しんしんと。たった一粒、手のひらに冷たさ残して消えた。

雪が光った。キラキラと。たった一粒、手のひらに冷たさ残して消えた。

 

長い旅の果ては、案外くだらないものかもしれない。駅のホームは多くの人で埋め尽くされていたけれど、その集合の正確な重さを計ることはできなかった。一粒の雪、一粒の命、その重さ。

 

小さな雪の粒は降り積もって景色を変えた。日々は積み重なって、いつしか年月となった。

 

暗雲、祈り、立ち止まれば、許されるか。足は重く、肺は冷えていた。向かうか、逃げるか。明日と昨日は今日とは別人のように振る舞う。

 

息を吐く、白く輝く、魂、エネルギー、思想、神はあっけなく霧散。青白く輝いて美しいと思った。

 

雪を蓄えた街路樹、真っ白な桜の木、いつかの春、2人は世界の中心にいた。風に吹かれ、川に落ちた花、幾つもの流れ。僕は『悲しい』と言った。「君」は笑っていた。

 

移ろう季節の真ん中、何もかもが刹那的に感じた、それに火をつけて燃やす、一瞬の昇華、時間は瞬くような美へ。全てを理解することは能わずとも、全てを感じることはできた。

 

世界の中心は、世界の果てと繋がっていた。

 

降り積もる雪よ、全てを包み隠してくれないか。日々の憂鬱、希望、絶望、感じたくなかったもの、喜び、悲しみ、考えたくなかったこと。過去と未来。心までも真っ白に染まる。

 

 

透明な光2

無機質なビルが痛々しく突き刺さり、その狭間に埋められた種子。あれは悲しみだ。日陰に育つ、人が生きるという感情の再生産。皆がこぞって水をやるから、花が咲いた。とても綺麗に。

 

流した涙が、流した血が落ちて、そこに芽吹いた感情を愛と名付けた。彼女は花を売る。砕いた心に贖うこともせずに。

 

『この痛みも、悲しみも、きっと愛だから』

 

空白を言葉にして。都市の山影に消える、その目に、その心に、映るもの、架かるもの、もはや知る由もない。

 

夕陽が全てを染める。人、街、世界、全ての積み上げられた罪が、等しく染まる。それがあまりにも唯物的で、そんな愛すらも許せる気がした。

 

全てが赤に染まった

物と命、空と海と大地、善と悪、希望と絶望、生と死、全ての始まりも、全ての終わりも、何もかもが真っ赤になった世界で、僕は「君」だけを見ていたかった。

 

虚しさと寂しさを混ぜ合わせたような色、人々は我先にと宙へ到達しようとする。星々の冷笑、地球、僕たちの苦悩。世界を舞台とした壮大な悲劇に、幕を下ろす。

 

 

 

透明な光 1

射し込んだ光で居場所はなくなった。暗闇が僕にとっての光だった。埃の舞う部屋に現れた階段は、天国への階段か、ヴィア・ドロローサか。世界のどこかで、何かが終わる音。

 

乾いた喉に、唾を飲む音は感傷的な響き、不規則に反射した。それだけだった。

 

一息、瞬く間に虚無へ、空虚へ。明暗は溶け合う。積み重なって、折り重なって、いつしか境目は消える。そのとき、ひどく曖昧な存在は、どのように定義されていた。

 

今年の夏はひどく暑かった。

 

ゆっくりと、グロテスクに、アスファルトから立ち上る熱気は、景色を歪む。足音、動悸、蝉の声、信号機、世界は、どうしようもない現実の大合唱を奏でた。よく響く、ありふれた、どこにも存在しないような言葉で。

 

大きな、大きな水たまりが消えた。蒸発した、跡形もなく。梅雨は長かったが、一瞬だった。地面は黒々として、その存在を主張する。忘れてしまえば、それだけのこと。時間は何かを記憶することがあるのだろうか。

 

蜃気楼に、陽炎に、いつかの過去に。迷った先に、中身のない入れ物。「君」との記憶の残骸。俯瞰の三人称視点でも、時は流る。そこに色は写らずとも。

 

傾いた世界、西陽はその光線を衰えさせず、穿たれた僕と、昨日と、水たまり。きっかけはきっとなんでもよかった。

 

誰かの悲鳴が聞こえたから

生きることに絶望したから

空っぽの夜空に星が浮かぶから

「君」が僕を呼んだから